コラム
2023.03.06
法疫学講座第02回≪疫学的因果関係と法的因果関係とはどう違うのですか?≫
弁護士 崔 信義(さいのぶよし/崔信義法律事務所)Ph.D.
□博士(法学)
□放射線取扱主任者(第1種免状,第2種免状)
□毒物劇物取扱責任者(一般)
□火薬類取扱保安責任者(甲種免状)
□エックス線作業主任者免許
□ガンマ線透過写真撮影作業主任者免許
□一般財団法人 日本国際飢餓対策機構(理事)
□社会福祉法人 キングスガーデン三重(評議員)
法疫学講座(第2回)≪疫学的因果関係と法的因果関係とはどう違うのですか?≫
3 ≪疫学とはそもそもどういう学問なのか?≫
疫学的因果関係と法的因果関係の違いは,疫学とはそもそもどういう学問なのか,法的因果関係とはそもそも何なのかが分かれば自然に理解できます。疫学とはどういう学問なのかについて,参考文献等から見てみると以下のように述べられています。
⑴ 「疫学」に関する疫学者の見解
① [フレッチャー]
「集団科学population scienceとは,多数の人間集団を対象とする研究分野である。疫学epidemiologyは,当該疾患を有する自然集団との関連で,ある集団における健康関連事象を算出することにより,「“人間集団での疾患発生を研究する”学問である。」(4頁)
② [WHO]
「疫学は,「健康に関連する状態や事象の集団中の分布や決定要因を研究し,かつその研究成果を健康問題の予防やコントロールのために適用する学問」(Box1.2)と定義されています。」(4頁)
③ [坪野]
「疫学epidemiologyは,人間集団human populationにおける疾病の頻度と分布や,それらの関連要因を研究する科学である。」(3頁)
④ [ロスマン]
「疫学とは通常『疾病頻度の分布と決定要因に関する学問』,あるいはもっと簡単に『病気の発生に関する学問』と定義されている」(11頁)
⑤ [ゴルディス]
「疫学とは,集団中における疾患の分布と,その発症や広がりに影響を及ぼす要因について研究する学問です。」(3頁)
⑵ 疫学的因果関係と法的因果関係の違い
以上各疫学者の見解からすると,疫学とは集団に発生する疾病頻度に関するものであり、個人の疾病の原因という問題を扱うものではないという点では異論はないと言えます。他方,法的因果関係は,原告個人の原因と結果の間の因果関係であることは明らかです。このことを「ロスマン」と[Reference Guide on Epidemiology]が,次のとおりもう少し分かりやすく説明しています。
「個人において因果関係を決定する方法は,疫学的な方法とは根本的に違う。疫学的方法では,個人に因果関係を当てはめることはしない。疫学的方法というのは,特定の個人においてではなく,理論上の意味で曝露が疾患の原因なのか,という命題を評価するものである。基本的だが本質的な,心に留めておくべき原則は,曝露と病気の間に因果関係がなくても,人はある物質に曝露された後病気になることがある,ということである。」([ロスマン]85頁)
「疫学は、人口集団に発生する疾病の発病率に関するものであり、疫学研究は個人の疾病の原因という問題を扱うものではない。この問題(個人の疾病の因果関係“specific causation”として言及される。)は、疫学の研究領域を超える問題である。疫学は、危険因子と疾病の一般的因果関係general causationを推定し、その危険因子に起因する過剰リスクが決定されるというところまでなのである。つまり、疫学者はある危険因子がある疾病をひきおこすかどうかを研究するのであって、ある危険因子が特定の原告の疾病を引き起こしたかどうかを研究するのではない。」([Reference Guide on Epidemiology]608頁~)
以上