コラム

2023.03.09

法疫学講座第03回≪因果関係の評価はどのようにして行うのですか?≫

弁護士 崔 信義(さいのぶよし/崔信義法律事務所)Ph.D.

□博士(法学)

□放射線取扱主任者(第1種免状,第2種免状)

□毒物劇物取扱責任者(一般)

□火薬類取扱保安責任者(甲種免状)

□エックス線作業主任者免許

□ガンマ線透過写真撮影作業主任者免許

□一般財団法人日本国際飢餓対策機構(理事)

□社会福祉法人キングスガーデン三重(評議員)


法疫学講座(第3回)≪因果関係の評価はどのようにして行うのですか?≫

4 ≪因果関係の評価の過程は?≫

以上から,疫学的因果関係と法的因果関係の違いが明らかになったわけですが,次に問題となるのが,疫学的因果関係と法的因果関係のそれぞれは,どのような過程を経て因果関係の有無が評価されるのかという点です。

① 疫学的因果関係の場合

疫学的因果関係をどのように評価するのかについて,[坪野]で極めて簡潔かつ明確に記述されていますので,それを紹介します。

「ある研究を行って,曝露要因と健康アウトカムの因果関係を評価する際には,研究結果におよぼす「競合的解釈」(alternative explanations)の影響を系統的に吟味するという形式で判断を行う。」「研究結果を解釈する際には,「因果性」のほかに,「偶然」「バイアス」「交絡」という,3つの要因が影響する可能性があるので,これらの要因の影響を吟味する必要があるからである。因果性と,3つの要因とをあわせて,研究結果の競合的解釈と呼ぶ。「競合的」のニュアンスについて補足する。「マンモグラフィ検診群のほうが対象群よりも乳がん死亡率が低い」というような研究結果を見たら,マンモグラフィ検診の実施が「原因」となって乳がん死亡率が低下という「結果」が生じた,つまり因果性ありと,すぐに解釈したくなるところだ。けれども,この結果は偶然の影響として解釈できるのではないか,バイアスの影響でこのような結果になったのではないか,交絡の影響が大きいのではないかと,4つの解釈がおたがいに競い合う(競合する)というイメージである。研究結果に偶然・バイアス・交絡が大きな影響を及ぼしていないことを論証してはじめて,因果性がもっとも有力な解釈であると結論することができる。マンモグラフィ検診の研究の例では,関連性の指標である死亡率比が0.75で1より低いという研究結果が,偶然・バイアス・交絡では十分説明できないことを論証してはじめて,「マンモグラフィの実施と乳がん死亡率の低下の間に因果性をあり」(マンモグラフィ検診は乳がん死亡率を下げるのに有効)と解釈することができる。」(14頁~)

② 法的因果関係の場合

法的因果関係の評価(すなわち立証)については,法律家であれば知らない人がいないルンバール事件最高裁第二小判決(昭和50年10月24日 民集第29巻9号1417頁)で次のように示されています。

「訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである。」

ただ,ここで注意しなければならないことは,法的因果関係の立証とは,「特定の事実が特定の結果発生を招来した関係」を証明すること,つまり「特定の事実」と「特定の結果発生」との間の関係であるということです。この考え方は原因確率の計算の際に問題となる場合があります。これも坪野先生の次の論考から紹介しましょう。

坪野[原爆症認定集団訴訟と「原因確率」の誤用―「市民の科学」としての疫学をめざして―]https://cnic.jp/923

「一方、これらの危険因子に曝露した「曝露群」1000人を10年間追跡したところ、50例の胃がんが発症したとする。非曝露群と比較すると、曝露群の発症50例のうち40例は、危険因子への曝露がなかったとしても発症したと考えられる。そのため、曝露群の発症50例のうち、危険因子の曝露によって超過で発症したのは50-40=10例で、10/50=20%が「曝露群の寄与危険度割合」となる。

「曝露群の寄与危険度割合」は、被爆者の追跡調査などのデータを使って、実証的に推計することができる。曝露の程度ごとに推計することもできる。ところで、曝露群で発症した残りの40例は、危険因子に曝露しなくても発症したのだから、危険因子が発症の原因にはならなかったように見える。しかし例えば、原爆放射線に被曝しなければ(放射線が関与しないメカニズムを通して)60歳で発症していたはずだったのに、原爆放射線に被曝したことによって(放射線が関与するメカニズムを通して)発症が50歳に早まったとしたらどうか。この場合、この人の発症に対しても、原爆放射線が原因として影響を及ぼしたと考えられる。

いま仮に、曝露群で発症した残りの40例のうち20例がこうした形で発症していたとすれば、曝露群の発症50例のうち原爆放射線が原因として影響したのは、超過発症分の10例とこの20例を合わせて30例、その割合(=真の意味の原因確率)は(10+20)/50=60%となり、上記の「曝露群の寄与危険度割合」の20%よりずっと大きくなる。しかし、曝露群の超過発症例10例を除く40例のうち何例が、こうした形で原爆放射線の影響を受けたかを、被爆者の追跡調査などのデータを使って実証的に推計することはできない。つまり、真の原因確率を、実証的なデータから推計することは通常できない。」

上記において坪野先生は,曝露群の中に含まれる「危険因子に曝露しなくても発症したのだから、危険因子が発症の原因にはならなかったように見える」部分は,「曝露群の寄与危険度割合」には含まれないが,その部分にも「原爆放射線に被曝しなければ(放射線が関与しないメカニズムを通して)60歳で発症していたはずだったのに、原爆放射線に被曝したことによって(放射線が関与するメカニズムを通して)発症が50歳に早まった場合がある可能性を指摘しているのである。この指摘は,60歳から10年早まって発症が50歳になった場合も放射線被曝は影響を与えているのではないか,つまり「曝露群の寄与危険度割合」に含められるべきではないかという問題意識なのである。これは,「曝露群の寄与危険度割合」を原因確率と等値した場合に生じる過小評価の問題として論じられますが,この前提となっているのが,60歳の発症と50歳の発症とを区別すべきであり,被曝によって50歳発症という「特定の結果発生」との因果関係を考えなければならないということなのです。

この考え方は,米国の疫学者であるUCLAのGreenland教授が1980年代から指摘していたことですが,坪野先生は続けて以下のように説明しています。

「(Greenland)教授が編者の一人を務め、今日もっとも権威あると目されている疫学の教科書では、「曝露群の寄与危険度割合」が0%(曝露群と非曝露群の発生率に差がない)の場合でも、真の意味での原因確率が100%になることも論理的に可能と述べている。その上で、「曝露群の寄与危険度割合」を「原因確率」として用いることで、真の原因確率が「任意に大きな度合いで過小評価」される可能性があると指摘している(Rothman K.J., Greenland S, Lash T.L., eds. Modern Epidemiology, Third Edition, Lippincott, Williams & Wilkins, 2008, p.297)。」

以上