コラム

2023.03.10

法疫学講座第04回≪法的因果関係の立証において疫学的因果関係は主要事実ですか間接事実ですか?≫

弁護士 崔 信義(さいのぶよし/崔信義法律事務所)Ph.D.

□博士(法学)

□放射線取扱主任者(第1種免状,第2種免状)

□毒物劇物取扱責任者(一般)

□火薬類取扱保安責任者(甲種免状)

□エックス線作業主任者免許

□ガンマ線透過写真撮影作業主任者免許

□一般財団法人 日本国際飢餓対策機構(理事)

□社会福祉法人 キングスガーデン三重(評議員)


法疫学講座(第4回)≪法的因果関係の立証において疫学的因果関係は主要事実ですか間接事実ですか?≫ 

この問題を扱うためには,まず「法的因果関係の判断基準」から論じなければなりません。

5 ≪法的因果関係の判断基準は?≫

⑴ 本講座第3回で,「競合的解釈」alternative explanationsによる疫学的因果関係の評価について説明しました。そこで次に問題となるのが,その評価結果が,法的因果関係とどういう関係にあるのかということです。

⑵ 判断基準

法的因果関係の判断基準はルンバール事件最二小(昭和50年10月24日 民集第29巻9号1417頁)で示されています。

注射化膿事件(昭和32年5月10日最二判)、輸血梅毒感染事件(昭和36年2月16日最一判)、消毒不完全事件(昭和39年7月28日最三判)、水虫治療事件(昭和44年2月6日最一判)等,因果関係に関して最高裁は判断を重ねてきました。因果関係について判断基準を明確にしたルンバール事件最高裁第二小判決は,平成12年7月18日最三判原爆症認定訴訟においても確認され,確定された判例としての地位を占めています。

⑶ ルンバール事件判決

「X(当時三才)(原告・控訴人・上告人)は、東京大学医学部附属病院小児科へ入院し、昭和30年9月17日午後零時30分から1時頃までの間に「本件ルンバール」(腰椎穿刺による髄液採取とペニシリンの髄腔内注入)の施術を受け,その15分ないし20分後突然「本件発作」を起し、右半身けいれん性不全麻痺等,欠損治癒の状態で同年11月2日退院し、現在も後遺症として知能障害、運動障害等を残しているという事例。

⑷ 裁判経過

第一審は,本件発作と本件ルンバールとの因果関係を肯定したが,控訴審は,因果関係を否定したのでX上告。上告審は,「訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである。」と判示して破棄差戻。

6 ≪ルンバール事件判決の意義とは?≫

⑴ 歴史的事実の証明

事実的因果関係の立証は、「一点の疑義も許されない自然科学的証明」ではなく、「経験則に照らして全証拠を総合検討し」、「歴史的事実の証明」をすることである(輸血梅毒感染事件第一審判決(昭和30年4月22日東京地判)。

⑵ 「高度の蓋然性」

証明度は「特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性」であり,高度の蓋然性の「証明の程度」が,「証明度に達しているといえるためには、前述のように、まず裁判官が証明度に達していることは間違いないという心理状態になることが必要であり、かつ、客観的に見て証拠の状況が証明度に達していることが必要である。」(伊藤『事実認定の基礎』p162)

⑶ 通常人の確信

「高度の蓋然性」まで証明されたかどうかの判定は、医学ないし自然科学の世界における専門家集団には属しない「通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである。」

⑷ 本件上告審判決の意義

控訴審判決が、「原審証人糸賀宣三の証言、原審鑑定人糸賀宣三、同市橋保雄、同国分義行の各鑑定」という専門家集団に属する医師らの証言と鑑定の結果のみによって因果関係を否定したことに対して,最高裁は,証明度は「高度の蓋然性」であり,「通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要」とするとしたのです。

これは1933年MERRELL事件で示された「一般的受容general acceptance」は必要条件ではなく,「裁判官自身が専門家の証言がはたして信頼に足る根拠に依拠しているのか,そしてそれが当該事例に適切なものであるかどうかを確認する責務を負う」という1993年ダウバートDaubert判決の判断内容とも沿うものであると言えます([ゴルディス]p354)。

7 ≪ルンバール事件判決は間接事実から主要事実を推認する手法を採用しましたか?≫

ルンバール事件判決は,経験則を頼りにして間接事実から主要事実を推認する手法により法的因果関係を認定するという方法を示したものといわれています。上記6⑴のとおり,法的因果関係が「歴史的事実」であるということは,「歴史的事実」が主要事実であり,疫学的因果関係がその主要事実たる歴史的事実を推認することになるので,疫学的因果関係は間接事実ということになります。本判決は、医療過誤に関する判例ですが,疫学的因果関係から法的因果関係を推認する場合の一般的な枠組みであると考えても差し支えないと思われます。ただ,疫学的因果関係を示す種々の疫学的データは数多くあるのですから,個々の具体的事例においては、どのような間接事実(疫学的因果関係を示す疫学的データ)から法的因果関係という主要事実を推認しうるかという問題が発生します。そこで,近時の学説は、事案の類型化を通じて、経験則上法的因果関係を推認しうる間接事実の抽出という作業を試みています。

なお,「新美育文・別冊ジュリ78号170頁・105号166頁・137号168頁」は、本判決は「間接反証説」を採用したものと述べています。間接反証説とは、「被害者が因果関係の連鎖(発生機序)を構成する(間接)事実のうちいくつかの事実の存在を証明し、それらの事実から経験則上因果関係の存在が推知できるような場合、加害者が因果関係不存在を推知せしめる間接事実を証明しない限り、因果関係の存在を肯定すべきであるとするものであり、証明対象を整理することによって被害者の立証負担を軽減するものといえる。」というものです。

8 ≪間接事実の類型化とは?≫

学説[遠藤・医療過誤訴訟の動向(一)]は、因果関係存否の判断に際して考慮すべき事情を類別した事項を挙げています。これは医療過誤の場合を想定していますが,疫学的因果関係を示す疫学的データを類型化する際にも参考になると思われます。

①「医療行為の不手際」、

②「医療行為と結果との時間的関係」、

③「一般的統計的因果関係」、

④「医療行為の量と結果発生率」、

⑤「医療行為の内容と結果発生率」、

⑥「医療行為と生体反応の生物学的関連」、

⑦「患者の特異性」、

⑧「他原因の介入」、

⑨「不可抗力」等である。

9 疫学的因果関係は間接事実として法的因果関係を推認する

「競合的解釈」alternative explanationsによって疫学的因果関係が評価されて,その結果が間接事実として法廷に提出されるものとして,上記8の①~⑨の事情に関する疫学的な資料(特に,③,④,⑤,⑥,⑧等)が想定されます。その資料によって,疫学的因果関係の存在が立証されれば,その疫学的因果関係が存在するということから法的因果関係の存在が推認されるということになるのです。

以上