コラム
2023.03.14
法疫学講座第05回≪原因確率について教えてください?≫
弁護士 崔 信義(さいのぶよし/崔信義法律事務所)Ph.D.
□博士(法学)
□放射線取扱主任者(第1種免状,第2種免状)
□毒物劇物取扱責任者(一般)
□火薬類取扱保安責任者(甲種免状)
□エックス線作業主任者免許
□ガンマ線透過写真撮影作業主任者免許
□一般財団法人 日本国際飢餓対策機構(理事)
□社会福祉法人 キングスガーデン三重(評議員)
法疫学講座(第5回)≪原因確率とは何ですか?≫
本講座第4回では,「競合的解釈」alternative explanationsによって疫学的因果関係が評価された疫学的資料によって法的因果関係の存在が推認されることについて説明しましたが,今回は,具体的に問題となった疫学的資料である「原因確率」を取り上げます。
10 ≪原因確率とは何ですか?≫
原因確率Probability of Causationとは,任意の症例について,曝露が疾病発症に果たす確率のこと(For a given case, the probability that exposure played a role in disease occurrence.)。ときにATTRLBUTABLE FRACTION寄与分画と同ーとみなされている([疫学辞典]PROBABILITY OF CAUSATION)。
私が最初に原因確率という言葉に出会ったのは,原爆症認定訴訟の国からの主張においてです。その時の原因確率は,国の原爆放射線起因性を認めにくくするという意味で批判の対象となっていたのです。当時の「原爆症認定に関する審査の方針」は,https://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/09/dl/s0928-9g.pdfを参照して下さい。
その後,訴訟の場で原因確率が論じられたのはタバコ訴訟においてだと思います。タバコ訴訟は,喫煙によって肺がん等に罹患した原告らが,喫煙規制対策をとらなかった「日本たばこ」及び国に対して損害賠償等を求めた事案です。裁判例はいくつかあるのですが,ここでは以下の判決を検討しながら,原因確率とは何かということについて理解を深めていきましょう。
11 ≪平成15年10月21日東京地裁判決の疫学的因果関係論⑴≫
⑴ 判旨
「喉頭がんについては,喫煙男性の喉頭がん死亡は非喫煙男性の32.5倍高く,喫煙の寄与危険度(ある集団における非喫煙者と喫煙者の罹患者数の差を喫煙者数の罹患者数で割った値に100を掛けたもの)は95.8パーセントとがんの中で最も高く,喫煙開始年齢が低ければ低いほどリスクが高いという研究報告もある。」(判決:第3の「2 争点⑴(たばこの有害性について)」
⑵ 寄与危険度
上記10では,原因確率が寄与分画と同ーとみなされていると書きました。なので原因確率の検討ということは,この寄与分画の検討ということになります。この[疫学辞典]で使われている「寄与分画」は,この判決の中の「寄与危険度」と同じ意味です。他書では「リスク割合」,「寄与割合」,「寄与分画」,「寄与危険割合」等々の用語が使われて混乱していますが全て同じ意味です([ゴルディス]p221)。ここでは判決に従って「寄与危険度」といいます。それでは,「寄与危険度(寄与分画等)」の説明から始めます。
寄与危険度という概念は,ある疾患の発生率の中で,ある曝露に起因する部分を表す指標で,例えば,喫煙者に発生する肺がんのうち,本当に喫煙に起因すると思われる部分はどれくらいかを意味します。寄与危険度は,曝露を受けた人々について計算することもできるし(例:喫煙者の肺がん発生における喫煙の寄与危険度),曝露群と非曝露群を含むある地域人口全体について計算することもできます(例:喫煙者と非喫煙者を含むある地域人口全体での肺がん発生における喫煙の寄与危険度)([ゴルディス]p221)。
下記URLの図12-1は[ゴルディス]p222から引用したものです。
https://hoshasendokufire.jp/wp-content/uploads/2023/03/[ゴルディス]p222[ロスマン]p43-1.pdf
Aでは,ある要因への曝露群と非曝露群があり,それぞれについて曝露群のリスクが非曝露群よりも大きいことが示されています。Bでは,非曝露群のリスクがバックグラウンドレベルのリスクであることが示されています。Cでは,曝露群は,曝露群と非曝露群との差である曝露に関連する発生率(曝露群の発生率-被曝露群の発生率=リスク差)と,非曝露群に対応する曝露に関連しない発生率の二つから構成されていることが示されています。このリスク差が曝露群全体の総リスクに占める割合(リスク差/総リスク=リスク割合)が寄与危険度なのです。
⑶ 上記判旨の意味
判旨では,喫煙男性の喉頭がん死亡は非喫煙男性の32.5倍だというので,[ゴルディス]図12-1の曝露群が非曝露群の32.5倍であることを意味します。したがって,そのリスク差が31.5なので,31.5/32.5が寄与危険度となります(若干誤差が出ますが四捨五入の結果と思われます。)。
12 ≪平成15年10月21日東京地裁判決の疫学的因果関係論⑵≫
⑴ 判旨
「疫学による寄与危険度割合は,ある要因の曝露群と非曝露群における罹患者数を他要因を交えずに比較したものであり,ある要因と他の要因の寄与危険度の和が100パーセント以上となることもあり得るのであって,その数値を,当該疾病の原因となった確率としてそのまま用いることはできない。」
⑵ 因果のパイモデル
上記判旨では,「ある要因と他の要因の寄与危険度の和が100パーセント以上となることもあり得る」としていますが,この意味を理解するには,ロスマン先生の因果のパイモデル[ロスマン]p43図3-1(下記URL)を知らなければなりません。そこで因果のパイモデルを説明します。
https://hoshasendokufire.jp/wp-content/uploads/2023/03/[ゴルディス]p222[ロスマン]p43-1.pdf
[ロスマン]p42は次のように説明しています。
それぞれの「パイpie」は,ある疾患の理論的な「因果メカニズムcausal mechanism」の1つを示し,「十分原因sufficient cause」とよばれます。3つのパイはどのような疾患も複数の発生メカニズムを持つことを示しています。図3-1ではⅠ,Ⅱ,Ⅲの3つを挙げているのですが,必ずしも3つである必要はありません。疾患の発生はそれぞれ1つの十分原因であるメカニズムにより発生します。どの因果メカニズムも多数の「原因構成要素component cause」が連携して作動することが必要です。個々の原因構成要素は,当該疾患の症例が発生するための不可欠な役割を持つ事象または条件です。つまり,Ⅰの因果メカニズムでいえば,A,B,C,D,Eのどれか一つでも欠ければ,疾病は発生しないのです。A,B,C,D,Eの存在(曝露)とⅠを十分原因とする疾病とは関連性(因果関係といって良い)があるのです。
たとえば疾患が肺がんであるとして,Ⅰのメカニズムのうち要因Cが喫煙だとします。その他の要因には肺がん発生の原因として働く遺伝的素因その他の環境曝露などがあげられます。おそらく原因構成要素の中には,多数の異なった因果メカニズムの中で作用するものもあるでしょう。Ⅰにおける喫煙Cは,Ⅲにおいても原因構成要素となっているようにです。したがって,喫煙Cが欠ければ,ⅠとⅢの場合が発生しないのです。したがって,喫煙CとⅠとⅢによる発がんとは関連性(因果関係といっても良い)があるのです。
説明のために単純化して,ロスマン先生の因果のパイモデルのⅠ,Ⅱ,Ⅲの3つが肺がんの十分原因だとします。肺がんになるパターンが3つだという意味に理解してもよい。この3つパターンの一つ一つが肺がん発生に寄与しているので,3つの寄与の合計は100%です。この3つのパターンでしか肺がんにならないという意味なので,3つのそれぞれが全体に占める割合の合計は100%になるという意味です。そして十分原因Ⅰの寄与が50%,Ⅱが10%,Ⅲが40%だとします。例えば,肺がんの症例100のうち,Ⅰのパターンが50症例,Ⅱのパターンが10症例,Ⅲのパターンが40症例あると理解しても差し支えありません。この合計は,「50%+10%+40%=100%」になります。そして,十分原因の構成要素である原因構成要素の例えばCが喫煙,Fが加齢,Jが大気汚染だとしましょう。この場合,C,F,Jの各原因構成要素の寄与危険度は,次のとおりになります。
喫煙Cの寄与危険度=50%(1)+40%(3)=90%
喫煙Cが存在しなければ,ⅠとⅢによる肺がんが発生しないので合計90%が予防されます。したがって,喫煙Cの肺がん発生についての寄与危険度は90%。別の言い方をすると,喫煙Cがなければ合計90%の肺がんが発生しなかったであろうという関係にあるから,喫煙Cと90%の肺がんとの間には,関連性(因果関係)があるということができるのです。
大気汚染Fの寄与危険度=10%(Ⅱ)+40%(Ⅲ)=50%
同様に,大気汚染Fの肺がん発生についての寄与危険度は50%。大気汚染Fと50%の肺がん発生との間には関連性(因果関係)があるということができるのです。
加齢Hの寄与危険度=10%(Ⅱ)
同様に,加齢Hの寄与危険度は10%。加齢Hと10%の肺がん発生との間には関連性(因果関係)があるということができるのです。
以上から「喫煙」「加齢」「大気汚染」という3つの原因構成要素の合計は,
90%+50%+10%=150%
となります。
判旨では,「ある要因と他の要因の寄与危険度の和が100パーセント以上となることもあり得る」として,寄与危険度の概念にあたかも欠陥でもあるかのように指摘していますが何らおかしくないのです。この点についてロスマン先生も,米国においても上記判旨と同様な趣旨の反論に対して次のように再反論しています。
「しかしこの反論は間違っている。疾患の症例はそれぞれ原因が1つだけで,2つの原因が両方同一症例のがんの原因となることはないという短絡的な見方に基づいているからである。食事,喫煙,アスベスト,そしてさまざまな職業性曝露がその他の要因と互いに交互作用を起こし,さらには遺伝的要因も加わってがんを発生させるので,個々のがんの症例は多数の異なる原因構成要素によって生じることになる。さまざまな原因構成要素により生じる疾患割合の合計には上限がない。」([ロスマン]p47)。
ロスマン先生の下線部分の指摘は,反論が「十分原因」を構成する「原因構成要素」が1つしかないという前提に立っているという指摘です。しかし通常は,「原因構成要素」となる要因は他の要因と交互作用を起こして疾病を発生させるので,複数の「原因構成要素」で十分原因が構成されており,その中の一つの要因が複数の「十分原因」にまたがって「原因構成要素」となっている場合,複数の要因の寄与危険割合を合計すると,一つの「十分原因」の寄与分が複数回にわたって加算されてしまうので,100%以上となるのはむしろ当然で,「さまざまな原因構成要素により生じる疾患割合の合計には上限がない。」という結論になるのです。
そして喫煙Cの肺がん発生についての寄与危険度が90%とは,十分原因Ⅰ,Ⅱ,Ⅲが3つの場合しかないという場合の喫煙Cの寄与の合計の全体に占める割合を意味するので寄与危険度90%が確率を意味することは明らかであり,判決が「その数値を,当該疾病の原因となった確率としてそのまま用いることはできない。」というのは明白な誤りです。判決は誤解に基づくものなのです。
以上(残りの検討は次回にします。)