コラム

2023.03.17

法疫学講座第07回≪原因確率について教えてください?≫

弁護士 崔  信義(さいのぶよし/崔信義法律事務所)Ph.D.

□博士(法学)

□放射線取扱主任者(第1種免状,第2種免状)

□毒物劇物取扱責任者(一般)

□火薬類取扱保安責任者(甲種免状)

□エックス線作業主任者免許

□ガンマ線透過写真撮影作業主任者免許

□一般財団法人 日本国際飢餓対策機構(理事)

□社会福祉法人 キングスガーデン三重(評議員)


法疫学講座(第7回)≪原因確率について教えてください?≫

15 ≪平成15年10月21日東京地裁判決は疫学的証拠があっても個別の原告らに対する因果関係を推認することはできないとする

平成15年10月21日東京地裁判決は,「喫煙によって原告らの疾病の罹患率が相当程度高まることが疫学によって証明されているとしても,そのことから,個別の原告らに対する因果関係を推認することはできず,原告らの疾病はたばこによるものと認めることはできない。」(判決:「7 疫学的因果関係について」)とします。

これは,疫学的証拠があっても個別の原告らに対する因果関係を推認することはできないという意味ですが,米国の裁判法廷では一般に,ある条件下で,疫学的研究論文等の疫学的証拠を,原告個人の因果関係を事実認定する証拠として許容しています。そこで,次に米国の事情を説明している[Reference Guide on Epidemiology]に触れることにします。

16 ≪「ダブリング理論」について説明してください?≫

⑴ [Reference Guide on Epidemiology]

では,寄与危険割合を個人に適用する場合について次のように書かれています。

「米国の裁判法廷では,曝露群において2倍の疾病の頻度が,非曝露群における疾病の発生頻度の2倍を超えることを基礎づける疫学的研究論文がある場合(いわゆる2を超える相対リスクの場合(i.e., a relative risk greater than 2.0))その曝露と同じ状況にある個人の疾病の確率も50%を超えると判断してきた(the probability that exposure to the agent caused a similarly situated individual’s disease is greater than 50%)。

したがって、このような疫学的証拠がある場合には、その証拠は,陪審に対する具体的な因果関係に関する証拠であるとして原告の証拠提出の責任を十分に満たすと判断される。その場合,陪審はその物質によってその原告の疾病が引き起こされたことについて『より確からしい真実(more likely true than not true)』があるとして事実認定することになる。

このように米国の裁判所は「ダブリング理論」(the logic of the effect of a doubling of the risk)を基礎として具体的な因果関係に関する専門家証言を許容して来たのである。」(p612の私訳)

上記の[Reference Guide on Epidemiology]の記述は,米国の裁判法廷の考え方を集約したもので米国裁判所の一般的な考え方であると考えてよいでしょう。以下において「ダブリング理論」で触れられている項目について説明します。

⑵ 相対リスク(a relative risk)

[Reference Guide on Epidemiology]は,「米国の裁判法廷では,曝露群において2倍の疾病の頻度が,非曝露群における疾病の発生頻度の2倍を超えることを基礎づける疫学的研究論文がある場合(いわゆる2を超える相対リスクの場合)」とします。

ここで相対リスクと訳されている原語は「a relative risk」ですが,この意味は,[Reference Guide on Epidemiology]の「Glossary of Terms」で次のように説明されています。

「relative risk (RR). The ratio of the risk of disease or death among people exposed to an agent to the risk among the unexposed. For instance, if 10% of all people exposed to a chemical develop a disease, compared with 5% of people who are not exposed, the disease occurs twice as frequently among the exposed people. The relative risk is 10%/5% = 2. A relative risk of 1 indicates no association between exposure and disease」(p627)

要約すると,例えば化学物質に曝露した曝露群において母集団の10%が疾病率(または死亡率)であり,非曝露群が5%である場合,相対リスク(The relative risk)は10%/5% = 2。(なお,相対リスクが1の場合であれば(過剰リスクが無いことを意味するので)曝露と疾病等との間には関連性がない(no association between exposure and disease)ことを意味します。)

相対リスクが2であるということは,非曝露群の疾病等のリスクを1とした場合の倍数を意味し,非曝露群のリスクの2倍だということを意味します。そして,そしてリスク差(2-1)が曝露群のリスク(2)に占める割合が寄与危険割合(第5回「⑵ 寄与危険度」参照)なのです。

(2-1)/2=0.5(つまり50%)

このように,相対リスクが2の場合,寄与危険割合は50%となるので,「相対リスクが2を超える」とは,寄与危険割合が50%を超えることを意味します。

⑶ 「その曝露と同じ状況にある個人の疾病の確率も50%を超えると判断」

「その曝露と同じ状況にある個人」とは,原告が相対リスク(The relative risk)を導き出した疫学研究における曝露群と同じような曝露をしている場合ということです。これは当然のことで,曝露群と非曝露群の比較から相対リスクを導いている疫学研究を原告個人にも適用しようという場合なのですから,当然ですね。

ところで,曝露群と非曝露群の集団的な比較から導き出された寄与危険割合を,個人の疾病についての確率として考えることができるかという基本的な疑問があるかも知れません。具体的な数字を設定して考えてみましょう。

① 寄与危険割合50%ということは,理解しやすいように単純化して電球(なんでも良いのですが・・・)の例で説明します。

ときどき故障した電球を作り出す生産ラインで生産される(これを曝露とみます。)100個の電球があって(曝露者が100人に当たります。),そのうちの50個には実際に内部に故障があり(外見からは故障が分からないという意味で「内部」に故障があるとしている。疾病との関連性がある人に当たります。),残りの50個は故障がない(疾病と関連性がない人に当たります。)という場合に相当するでしょう。

その場合,100個のうち,故障は内部にあるのでどれが故障のある50個は分かりません(曝露群の内だれが疾病と関連性があるかどうかは分かりません。)。その100個の中から,1個を特定して「f1」と名付けます(故障failureの1番という意味。原告という特定された個人を指します。)。

この「f1」が,故障を持っている確率は,50%です。これは,電球100個中,故障を持っているのが50個であり,「f1」がどちらに含まれるかという問題なので,50/100=0.5(50%)となります。

同様に,寄与危険割合が50%を個人に適用するということは,その個人が疾病と関連性を有する50側に含まれるか,関連性を有しない50に含まれるかの問題と考えれば,個人に適用するという意味が分かりやすいです。

② また,次のような説明も可能です。確率の定義からの説明です。

[現代統計実務講座テキストⅠ](p68~)には確率の定義について「先験的確率」の説明に引き続いて,「経験的確率」または「統計的確率」について以下のように説明します。

「多数回の試行を前提とし,安定した統計的規則性に基礎づけられて,確率を次のように定義することができる。

<定義Ⅱ>(a)多数回(n回)の試行がなされたとき,事象Aの起こる(m回)場合(Aの起こる回数の全試行回数に対する比。相対度数にあたる)が,ほぼp(一定値)であり,(b)試行回数nを多くするにつれて,その割合m/nがp(一定値)に一層近づくのであれば,このpをAの確率と定義する。これを,経験的確率または,統計的確率といい,Pr[A]=pwと表わす。」

「確率のこの定義によれば,・・・ある会社の電球は1,000本に20本の割合で不良品が混じっているとすれば,街で買った1個の電球が不良品である確率は,20/1,000=0.02と考えることができる。過去の統計から20歳の男子の死亡率は,1000人中約1.3人であることを知れば,20歳の1人の男子が本年中に死ぬ確率は0.0013であるということができる。」

以上は,統計的に導かれた確率が,個々の確率と同視できるという説明です。

③ どのような説明が分かりやすいかという問題であって,「その曝露と同じ状況にある個人の疾病の確率も50%を超えると判断」するということ自体を疑問視する見解は無いようです。

⑷ ≪50%超でなければならないか?≫

米国の法廷の「ダブリング理論」とは,寄与危険割合が「50%を超えるgreater than 50%」(「相対リスクが2を超える」と同じ意味)場合に個別具体的因果関係について専門家証言を許容するという理論です,50%以上ではダメなのか,それから80%以上でなくても良いのか?という問題があります。

これについては次回に説明します。

以上