コラム
2023.03.17
法疫学講座第08回≪原因確率について教えてください?≫
弁護士 崔 信義(さいのぶよし:崔信義法律事務所)Ph.D.
□博士(法学)
□放射線取扱主任者(第1種免状,第2種免状)
□毒物劇物取扱責任者(一般)
□火薬類取扱保安責任者(甲種免状)
□エックス線作業主任者免許
□ガンマ線透過写真撮影作業主任者免許
□一般財団法人 日本国際飢餓対策機構(理事)
□社会福祉法人 キングスガーデン三重(評議員)
法疫学講座(第8回) ≪原因確率とは何ですか?≫
17 ≪50%超でなければならないか?≫
⑴ ≪50%以上ではダメなのか,それから80%以上でなくても良いのか?≫
「ダブリング理論」とは,寄与危険割合が「50%を超える(greater than 50%)」の場合に個別具体的因果関係について専門家証言を許容するという理論ですが,50%以上ではダメなのか,それから80%以上でなくても良いのか?という問題があります。それほど大きな問題ではありませんが,原因確率の過小評価の問題を理解する際に若干問題となります。
⑵ ≪「原爆症認定に関する審査の方針」(平成13年5月25日)ではどのように規定していますか?≫
「原爆症認定に関する審査の方針」では,次のように規定しています.
https://hoshasendokufire.jp/wp-content/uploads/2023/03/原爆症認定に関する審査の方針 平成13年5月25日 原因確率の記載あり.pdf
「この場合にあっては,当該申請に係る疾病等に関する原因確率が,
① おおむね50パーセント以上である場合には,当該申請に係る疾病発生に関して原爆放射線による一定の健康影響の可能性があることを推定
② 概ね10パーセント未満である場合には,当該可能性が低いものと推定する。」
としており,「50パーセント以上」の場合に放射線起因性を推定するとしています。
⑶ ≪民事訴訟上の心証の程度?≫
「わが国の通説・判例は,民事訴訟の証明度について,「高度の蓋然性」基準を採用しているとされる。この場合における「高度」の意味について,判例においてこれを確率的な数値またはより具体的な形で表現したものは見当たらないが,学説では八〇%程度であるとする見解が相対的な多数である。」(三木浩一「民事訴訟における証明度」p19)とされています。
そしてこの80%という数字に着目して,寄与危険割合を原告らの法的因果関係の立証に用いている訴訟において,寄与危険割合の基準を80%に置いて,それ以上であれば法的因果関係が推定又は(強く推定)され法的因果関係が認められるべきであると主張する弁護団もあるようです。
⑷ 50%超が合理的である
以上のように,50%以上とか80%以上とか数字示されているわけですが,しかし,私は,寄与危険割合が「50%を超えるgreater than 50%」(「相対リスクが2を超える」と同じ意味)の場合に個別具体的因果関係について専門家証言を許容するという「ダブリング理論」が正しいと思います。理由は以下のとおりです。
まず,「原爆症認定に関する審査の方針」のように,50%以上であれば放射線起因性を推定するというのは,50%でも推定することを意味します。これは関連性(因果関係)がある場合と無い場合が50%と50%で同値であるにもかかわらず関連性を推定する効果を認めることになります。しかし同値であるにもかかわらず,何ゆえに推定されるのかが論理的に説明できません。これは行政的な判断材料として原因確率を用いるということなので別段問題はないのですが,訴訟の場合において50%の場合にも関連性を認めるというのは説明が難しいと思います。
他方,民事訴訟の証明度に合わせて,80%程度の高度の確率まで必要とするのも論理的ではありません。なぜならば,80%程度の高度な確率まで必要とするならば,例えば,寄与危険割合が60%(関連性がない確率が40%ということ)とか70%(関連性がない確率が30%ということ)という場合にも,推定されないということになりますが,それは結果的に,関連性がない確率40%とか30%の場合が結果的に推定されてしまうという結論になり不合理です。
裁判所は,因果関係について有るか無いか,どちらかの結論を出さなければならないのですから,80%程度の高度な確率まで必要とすると,例えば原因確率が60%とか70%という場合でも,関連性がない確率(40%とか30%)を上回っているにもかかわらず,関連性が無いと結論せざるを得ず,それは結果的に40%(100%-60%)とか30%(100%-70%)の場合(関連性が無い場合)を推定したことと同じになってしまいます.これは不合理です。したがって,50%超の場合に関連性が推定されるというのが合理的です。
以上