コラム
2023.03.21
法疫学講座第09回≪原因確率について教えてください?≫
弁護士 崔 信義(さいのぶよし/崔信義法律事務所)Ph.D.
□博士(法学)
□放射線取扱主任者(第1種免状,第2種免状)
□毒物劇物取扱責任者(一般)
□火薬類取扱保安責任者(甲種免状)
□エックス線作業主任者免許
□ガンマ線透過写真撮影作業主任者免許
□一般財団法人 日本国際飢餓対策機構(理事)
□社会福祉法人 キングスガーデン三重(評議員)
法疫学講座(第9回) ≪原因確率について教えてください?≫
18 ≪原因確率の過小評価の問題を教えてください?≫
⑴ ≪疫学辞典における説明≫
前回まで,寄与危険割合が個人の原因確率に適用できるということで説明してきたのですが,寄与危険割合をそのまま個人の原因確率として見ると,過小評価の問題が生じる場合があります。疫学辞典は,原因確率の項目において過小評価について次のように説明しています。
「任意の症例について,曝露が疾病発症に果たす確率のこと。ときに寄与分画と同ーとみなされているが,原因確率はこの分画より大きい概念である。」(ここで「寄与分画」とは,前回まで使用していた「寄与危険割合」と同じ。疫学辞典では「寄与分画」という用語を使っているので,この項目においては「寄与分画」を使用します。ころころ変わって恐縮です。法疫学講座第5回11の⑵参照)。
原因確率が寄与分画(寄与危険割合のこと)より大きい概念だということは,原因確率の概念が寄与分画を含めた広い概念(寄与分画ではない場合を含めた概念)であることを意味します。そこで,寄与分画ではないけれども原因確率である場合としてどのような場合があるかが問題となります。これが過小評価の問題です。
以下説明しましょう。
疫学辞典では,寄与分画といえないけれども原因確率である場合として以下の場合を挙げます。
「不適切な治療を受けなければ10年の生命予後だが、不適切な治療のために8年の生命予後になった100人の患者を考えよう。この不適切治療の原因確率は100%である。10年の追跡後,死亡リスクの総人-時は100×8=800になるが,もし不適切治療が行われていなかったとすると100×10=1000となる。したがって10年間の死亡率は 100/800=0.125/年となるが,もし不適切治療がなければ死亡率は100/1000のみとなる。このように,死亡率に対する寄与分画は(0.125-0.100)/0.125=0.20または 20%となり,原因確率よりはるかに小さい。現実的な事例ではこの差はこのように大きいものにはならないが,それでも巨大な差を示すこともある。」
⑵ ≪寄与分画の計算≫
疫学辞典の上記下線部分は,「不適切な治療を受けなければ10年の生命予後だが、不適切な治療のために8年の生命予後になった100人の患者を考えよう。この不適切治療の原因確率は100%である。」としていますが,その後に引き続いて,死亡率から計算した寄与分画が20%になるという説明をしています。そこで寄与分画を計算してみましょう。
不適切治療を曝露として,その場合の死亡率を比較しているので死亡率の定義から始めます([坪野]p6)。
死亡率=(集団から一定期間に発生する死亡の数)/(集団の観察人時)
したがって,不適切な治療で100人が生命予後が8年になった場合は,分母になる「集団の観察人時」は8年×100人=800人年。したがって,
死亡率=100人/800人年=0.125/年(曝露群の死亡率)
不適切な治療がなかったならば,100人が10年間生きられたという想定なので,この場合,分母になる観察人時は,10年×100人=1000人年。したがって,
死亡率=100人/1000人年=0.1/年(非曝露群の死亡率)
そして寄与分画は,リスク差が曝露群全体の総リスクに占める割合(リスク差/総リスク=リスク割合)を意味するので(法疫学講座(第5回)11の⑵参照),
リスク差=0.125-0.1=0.025
寄与分画=0.025/0.125=0.2(20%)
⑶ ≪100%となる場合と20%となる場合。どうしてそういう違いが生じるのですか?≫
疫学辞典は,「不適切な治療を受けなければ10年の生命予後だが、不適切な治療のために8年の生命予後になった100人の患者」を想定し,この場合の原因確率は100%であるとしています。他方で,寄与分画は20%にしかならない。この違いを指摘するわけですが,この違いは何なのでしょうか。
寄与分画が20%という場合,これは総人年1000人年の内の200人年に相当するのですが,これが不適切な治療という曝露要因で失われた生命予後を意味します。ところが,この200人年をどう見るかに違いが出て来るのです。
イメージ図を添付しました。
https://hoshasendokufire.jp/wp-content/uploads/2023/03/原因確率100%と寄与分画20%のイメージ図.pdf
A図は「寄与分画が20%となる場合のイメージ図」,B図は「原因確率を100%と見る場合のイメージ図」です。
x軸は人数を示し,y軸は生命予後の年数を示します。AもBも実は,1000人年の内生命予後が200人年失われたのですから,失われたのは20%で同じなのですが,B図の方は100人全員から一人ずつ2年失われたと理解します。つまり2年ずつに過ぎないとは言っても100人全員が,不適切治療という曝露影響を受けていることに注目するのです。だから,100人のうち100人全員が曝露の影響を受けて8年の生命予後になったから100%だとするのです。
次のようにも説明できるでしょう。原因確率を100%と見る考え方は,アウトカムを「生命予後8年以内の人の数」として累積死亡率を計算していると理解することもできます。
観察開始時の集団の人数は100人でその100人全員が8年の生命予後だというのですから,累積死亡率=100人/100人=1となります。また不適切な治療を受けていない人で8年以内の生命予後の人はいないという想定ですから,不適切治療で8年以内に死亡した人はゼロです。ですから,この場合の寄与分画は,
寄与分画=(1-0)/1=1(100%)
そして疫学辞典が例として挙げたのは,「不適切な治療を受けなければ10年の生命予後だが、不適切な治療のために8年の生命予後になった100人の患者を考えよう。」ということなので,累積死亡率を想定しているといえるのです。B図はそれを表そうとした図です。
他方,A図の方は20人の各生命予後10年の合計200人年が失われたと理解するのです。その失われた200人年の中身について問いません。つまり,次のとおり200人年にはいろいろな場合があります。
200人年=100人×2年
200人年=50人×4年
200人年=40人×5年
200人年=20人×10年,等々
A図は20人が生命予後10年(200人年)を失ったことを示すために図の左側を区分して200人年を示していますが,要するに寄与分画が20%という場合には,何人の生命予後が短縮されたかが問題とされないのです。
A図ではいろいろな場合がある中で,特に200人年=20人×10年の場合を示しています。A図では,80人とは明確に区分された20人だけが生命予後を失うという考え方をしているのを強調するために実線で区分しました。他方,B図では,100人全員は区別されないで生命予後の内2年だけが短縮されたということを分かり易くするために破線で区分しています。
A図の方は,100人全員が不適切治療を受けたにもかかわらず,80人は影響を受けず10年の生命予後を全うし,他方20人だけ(つまり他の80人には影響を与えずに)が本来10年あるはずの生命予後の全期間10年を失うという結果になったということをも意味しています。A図は少し極端なイメージ図ですが,80人には影響を与えていないということを強調しています。
寄与分画が20%だとするのは,このように80人には影響を与えていない場合をも意味しているのです。しかし,100人が不適切な治療を受けながら,きっちり20人にだけ影響を与えて80人には全く影響を与えていないということあり得るのでしょうか?原因確率が100%という場合,80人に対する影響にも着目するのです。
疫学辞典は,原因確率が寄与分画の数値よりも大きな数値を示す場合(寄与分画が過小評価になる場合)の例を挙げて,過小評価の問題を説明しています。その背後にある考え方は,曝露群を構成する以上は(不適切な治療を受けた以上は),小さいながらも(100人全員が)何らかの曝露(不適切治療)の影響を受けているのであり(それを計算することは実際は困難なのですが),その影響を考慮すると実際の原因確率は寄与分画よりも相当大きな値になるのではないかということなのです。
寄与分画の計算では,そのような何らかの曝露の影響というものは全く考慮されることがないのです。
過小評価の問題に関する詳細については,
を参照してください。
前回まで平成15年10月21日東京地裁判決に沿って原因確率について説明してきましたが,次回は原因確率について詳細な検討を加えている平成17年6月22日東京高等裁判所(同東京地裁の控訴審)について説明する予定です。
以上