コラム

2023.04.03

医事法講座第05回≪医療過誤における過失⑷【水虫治療事件】≫

弁護士 崔 信義(さいのぶよし/崔信義法律事務所)Ph.D.

□博士(法学)

□放射線取扱主任者(第1種免状,第2種免状)

□毒物劇物取扱責任者(一般)

□火薬類取扱保安責任者(甲種免状)

□エックス線作業主任者免許

□ガンマ線透過写真撮影作業主任者免許

□一般財団法人 日本国際飢餓対策機構(理事)

□社会福祉法人 キングスガーデン三重(評議員)


医事法講座第5回≪医療過誤における過失⑷【水虫治療事件】≫

過失の認定に関する判例

1 水虫治療事件

それ自体危険な治療行為の典型例の一つとして、注射行為に関わる注射化膿事件及び消毒不完全事件を見てきたが、今度は、同じくそれ自体危険な治療行為の典型例の一つとして放射線治療に関わる事件を見ていくことにする。いわゆる水虫治療事件である。

上告審:昭和44年2月6日最一判(民集23巻2号195頁、判時547号38頁、判タ233号73頁)

第一審:昭和39年5月29日東京地裁判決(判時379号18頁、判タ162号141頁)

控訴審:昭和41年7月14日東京高裁判決(判時463号33頁、判タ194号86頁)

2 事案:

X(原告、被控訴人、附帯控訴人、被上告人)が水虫(汗疱性白癬。以下単に水虫という)に罹患し、Y(国、被告、控訴人、附帯被控訴人、上告人)の国立東京第一病院(以下単に東一病院という)と京都大学医学部附属病院(以下単に京大病院という)において、その治療のために、レントゲン線照射(以下単にレ線照射という)が、昭和25年4月19日から同27年7月29日までの約2年3箇月の間に東一病院で、前後44回にわたり水虫にかかつていた左右足蹠の部分に合計5040レントゲン線量(以下単にレ線量という)の照射を加えられて、その照射部分に本件皮膚癌が発生した事例。

3 第一審:請求一部認容。Y控訴。

控訴審:原判決変更するもYの責任を肯定。

控訴審においても、レ線照射が過大なもので、その照射とXの左右各足蹠に生じた皮膚癌との間に因果関係を認めうる以上、この点において両医師は過失の責を免れない」とした。

4 上告審:上告附帯上告棄却。

因果関係について

「Xがいわゆる水虫(汗疱性白癬。以下単に水虫という)に罹患し、その治療をした経過、国立東京第一病院(以下単に東一病院という)と京都大学医学部附属病院(以下単に京大病院という)におけるレントゲン線照射(以下単にレ線照射という)の時期、量、回数および部位、レ線照射と皮膚癌の発生との間の統計的因果関係などの諸事実、とくにレ線照射と癌の発生との間に統計上の因果関係があり、しかも、レ線照射を原因とする皮膚癌は他の発生原因と比べると比較的多いこと、Xは、昭和25年4月19日から同27年7月29日までの約2年3箇月の間に東一病院で、前後44回にわたり水虫にかかっていた左右足蹠の部分に合計5040レントゲン線量(以下単にレ線量という)の照射を加え、本件皮膚癌は、その照射部分についてのみ発生したことの諸事実に徴すると、本件皮膚癌の発生は東一病院の本件レ線照射がその主要な原因をなしていると判示した原判決の判断は」正当。

過失について

「人の生命および健康を管理する業務に従事する医師は、その業務の性質に照らし、危険防止のため実験上必要とされる最善の注意義務を要求されるとすることは、すでに当裁判所の判例(昭和36年2月16日民集15巻2号244頁参照)とするところであり、したがつて、医師としては、患者の病状に十分注意しその治療方法の内容および程度等については診療当時の医学的知識にもとづきその効果と副作用などすべての事情を考慮し、万全の注意を払って、その治療を実施しなければならない」。

「ところで、原判決の適法に確定した事実、とくに水虫に対するレ線照射は根治療法ではなく対症療法にすぎないこと、被上告人の左右足蹠についてそれぞれ合計5040レ線量に達する東一病院におけるレ線照射は、その総線量において一般に皮膚癌発生の危険を伴わないとされていた線量をはるかにこえる過大なものであつたこと、しかも昭和27年7月東京大学医学部附属病院皮膚科笹川教授によりレ線照射による色素の脱失や沈着などの皮膚障害を発見され、同教授の要請によりはじめてレ線照射の治療が中止されたなど本件治療の経過に徴すると、レ線照射により被上告人の水虫の治療に当った東一病院の宮川、田坂両医師としては、細心の注意を払って皮膚癌のような重大な障害の発生することのないよう万全の措置をすべき業務上の注意義務を怠った過失があるとした原判決の判断は」正当。

5 検討:

水虫に対する治療法として放射線照射を行うことは現在では行われていないようであるが、原審の認定によれば、当時は水虫治療として相当程度放射線治療が行われていたらしい。しかし、放射線照射自体ガンの発生を引き起こすという危険性については、当時も当然に認識可能であったことは否定できない(注)。

(注)板倉充信「放射線照射の注意義務」山口・現代民事裁判の課題266頁

判文中の表現を借りると「レ線照射を原因とする皮膚癌は他の発生原因と比べると比較的多い」ということであるが、そのことだけでも、レ線照射が、「本来的に結果(損害)発生の蓋然性(危険)を有する積極的行為(作為)」であることは異論が無いと思う。したがって、レ線照射を行う場合にはその危険性の故に、「医師としては、患者の病状に十分注意しその治療方法の内容および程度等については診療当時の医学的知識にもとづきその効果と副作用などすべての事情を考慮し、万全の注意を払って、その治療を実施しなければならない」ことは極めて当然である。したがって、レ線照射を行って、それに因って皮膚癌等の結果(損害)が発生し、その間の因果関係が存する場合には、医師の過失が推定され、医師側は自己の過失の評価を免れようとするならば、過失なきことの反証を行う必要があるが、実際上は難しいであろう。

特に本件では、「その総線量において一般に皮膚癌発生の危険を伴わないとされていた線量をはるかにこえる過大なものであつた」ことが指摘されており、それゆえに、控訴審判決では、「レ線照射が右の如く過大のものでありしかもその照射とXの左右足蹠に生じた皮膚癌との間に因果関係を認めうる以上この皮膚癌の発生は右両医師が診療上の注意義務に違反して漫然レ線照射を続けた結果であって、この点において両医師は過失の責を免れない」とする。この表現からすると、因果関係を認めうる以上当然に過失があるという意味にも読める。レ線照射の過大性から因果関係が認められる以上当然に疑いなく過失が肯定されるという意味であろう(注)。

(注)星野雅紀「水虫放射線障害事件」医療過誤百選93頁

「治療行為上の不手際と当該結果発生との間に蓋然性が極めて高いものと認められるような場合には、施術上の不手際とその直後における症状の悪化とが原告により立証されることにより、施術上の過失とそれに基づく障碍との間の因果関係があるものと推認することが可能であり、むしろ、被告側において、その不手際は医術の限界を示すものであることを明らかにするなどして過失の証明につき反証をあげるか、もしくは、その不手際と症状との間には因果関係のないことを証明するかしない限り被告の責任を肯定するべきであるという考え方が、実務には一般化している。」と指摘する。

判例評釈:

判例評釈:野田寛・判評74号11頁

野村好弘・ジュリ354号73頁

奈良次郎・判解92事件・曹時22巻8号125頁

石田穣・法協89巻12号1802頁

清水兼男・民商61巻6号1042頁

伊藤高義・判タ236号100頁

星野雅紀・別冊ジュリ140号92頁