コラム

2023.04.24

医事法講座第23回≪医療水準論⑿【伊藤正己裁判官の補足意見】≫

弁護士 崔 信義(さいのぶよし/崔信義法律事務所)Ph.D.

□博士(法学)

□放射線取扱主任者(第1種免状,第2種免状)

□毒物劇物取扱責任者(一般)

□火薬類取扱保安責任者(甲種免状)

□エックス線作業主任者免許

□ガンマ線透過写真撮影作業主任者免許

□一般財団法人 日本国際飢餓対策機構(理事)

□社会福祉法人 キングスガーデン三重(評議員)


医事法講座第23回≪医療水準論⑿【伊藤正己裁判官の補足意見】≫

第2節 昭和60年代の最高裁判決

4 伊藤正己裁判官の補足意見

伊藤補足意見を整理すると、次のようになる。

医療従事者には実験上必要とされる最善の義務を要求され、研さん義務を負う。また、転医勧告義務を負う場合もある。

医療水準は、平均的医師が現に行っている医療慣行と異なり、専門家としての相応の能力を備えた医師が研さん義務を尽くし、転医勧告義務をも前提とした場合に達せられるあるべき水準である。そして、医療水準は、当該医師の専門分野、当該医師の診療活動の場が大学病院等の研究・診療機関であるのか、それとも総合病院、専門病院,一般診療機関などのうちいずれであるのかという診療機関の性格、当該診療機関の存在する地域における医療に関する地域的特性等を考慮して判断される。

この意味において、医療水準は、全国一律に絶対的基準として考えるべきものではなく、前記の諸条件に応じた相対的な基準である。全国的にみて医療水準に達したといえる段階に至る前の段階においても、眼科等特定の専門分野の、あるいは特定の性格、機能を有する診療機関の、更には特定の地域の医師等の医療水準に照らして、本症に対して光凝固法を実施し若しくはこれを実施することを前提とした措置を講じ、あるいは患者等に対して適当な診療機関への転医を勧告すること等が要求される場合もありうる。その場合に、当該特定の専門分野、診療機関又は地域等の臨床医が、光凝固法について知見を有しないため適切な措置を講じなかったときには、研さん義務を怠ったものとして法的責任を問われる、という内容である。

伊藤補足意見によって、昭和49年から始まった本症の裁判においての医療従事者の注意義務の基準の位置づけ、及び、判断する場合の諸条件が明らかになった。しかし、同補足意見で、例示する「診療機関の性格、当該診療機関の存在する地域における医療に関する地域的特性等」という事情を、どのように考慮して、医療水準を決するのかは未だ不明確であった。医療水準を判断する際の材料は明示されたが、その材料を用いてどのように判断するかについては、姫路日赤事件平成7年6月9日最二判、姫路日赤事件差戻審平成9年12月4日大阪高裁判決によって示されるまで待つことになる。