コラム

2023.06.27

【放射線法疫学講座】第02回≪本講座の目的等≫

弁護士 崔 信義(さいのぶよし/崔信義法律事務所)Ph.D.

□博士(法学)

□放射線取扱主任者(第1種免状,第2種免状)

□毒物劇物取扱責任者(一般)

□火薬類取扱保安責任者(甲種免状)

□エックス線作業主任者免許

□ガンマ線透過写真撮影作業主任者免許


【放射線法疫学の世界】第02回

1 本講座の目的

わが国において,放射線被ばくと疾病の因果関係が争われる典型的な場合は,原爆症認定訴訟です。原爆被爆者の疾病が放射線被ばくに因ることを放射線起因性というが,法律上は,「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律」(「法」という。)11条が放射線起因性について規定しています。

放射線法疫学講座の目的は,この放射線起因性について,具体的事例を設定して,訴訟になった場合の主張立証を説明することです。

原爆症認定訴訟の原告となる被爆者の被ばく状況は多種多様であり,一概に言えないが,想定事例としては大体次のような状況での発がんとなる。

「被爆当時(1945年8月当時)若年(例えば7歳)であった被爆者(原告)が居住していた家屋のガラスが,原爆の爆風によって割れるなどし,その爆風に乗って,誘導放射化した大量の粉じん等が本件家屋付近に飛散した。そして,当該粉じんが同被ばく者の,衣類,髪などへ付着して外部被曝をし,呼吸等を通じて体内に取り込むなどして内部被曝したような場合である。このような状況で被爆者が,数十年後(例えば,2000年)にがん(例えば食道がん)が発症し手術した」というような場合である。

この場合,固形がんの場合は発症の時点が高齢となっているので,原告は飲酒や喫煙の習慣があるのが通常である。したがって,原爆症認定訴訟においては,被告国は,原告のがんは放射線被ばくの影響ではなく,飲酒喫煙の影響が大であるから,放射線起因性は認められないと主張立証する。

この様な状況で原告のがん(ここでは「食道がん」とする。)と放射線被ばくとの因果関係について,どのような主張立証をすることになるのかを,本講座で具体的に説明します。

2 前提知識

法11条は,「前条第一項に規定する医療の給付を受けようとする者は、あらかじめ、当該負傷又は疾病が原子爆弾の傷害作用に起因する旨の厚生労働大臣の認定を受けなければならない。」と規定するのですが,この「当該負傷又は疾病が原子爆弾の傷害作用に起因する」ことが放射線起因性であり,「当該負傷又は疾病」と「原子爆弾の傷害作用」の因果関係を指す。

原爆症認定訴訟における最高裁判決が一つある。「松谷最高裁判決」(*)である。

* 松谷訴訟最高裁判決(最高裁平成10年(行ツ)第43号・平成12年7月18日第三小法廷判決。判決集民198号529号、判例時報1724号29頁、判例タイムズ1041号141頁)である。

その後,下級審判決が数多く出ているが,その中でも重要な判決として「東京高裁平成30年判決」と「大阪高裁令和3年判決」がある。

* 東京高等裁判所判決(東京高裁平成27年(行コ)第421号・平成30年3月27日判決)

* 大阪高等裁判所判決(令和2年(行コ)第1号令和3年5月13日判決)

ここでは,「松谷最高裁判決」と上記「2つの高裁判決」を合わせて「3判決」と呼ぶ。

他に貴重な文献として「LSS14」がある。「LSS14」とは,「放射線影響研究所が原爆放射線の健康後影響を明らかにするために行ってきた,原爆被爆者の集団である寿命調査集団(LSSコホート)での死亡状況に関して定期的に行ってきた総合的報告の第14報である。」

また,「放影研」とは,ウェブサイトによると「公益財団法人放射線影響研究所(放影研)は、広島および長崎の原子爆弾の被爆者における放射線の健康影響を調査するための研究機関として、日米両国政府の支援を受けて運営されております。当研究所でこれまでに得られた放射線の健康影響に関する研究成果は、放射線の線量と健康リスクについての定量的な関係を示すもので、国際連合原子放射線影響科学委員会(UNSCEAR)などの国際組織から高い信頼を得ております。」(https://www.rerf.or.jp/about/greetings/)とある。

 

以上