コラム
2023.06.30
【放射線法疫学講座】第03回≪放射線起因性判断の法的枠組みとなる諸判例≫
弁護士 崔 信義(さいのぶよし/崔信義法律事務所)Ph.D.
□博士(法学)
□放射線取扱主任者(第1種免状,第2種免状)
□毒物劇物取扱責任者(一般)
□火薬類取扱保安責任者(甲種免状)
□エックス線作業主任者免許
□ガンマ線透過写真撮影作業主任者免許
【放射線法疫学講座】第03回
1 放射線起因性判断の法的枠組みとなる諸判例
放射線起因性も因果関係の問題であるから,因果関係に関するベースとなる最高裁判例である「最高裁ルンバール判決(昭和50年10月24日)」,原爆症認定訴訟の最高裁判決である「松谷最高裁判決」,「東京高裁平成30年判決」,「大阪高裁令和3年判決」の4つの判決を順に検討し,裁判所が採用している放射線起因性判断の法的枠組みについて検討する。
2 ルンバール最高裁判決
* 昭和50年10月24日最二判(民集29巻9号1417頁、判時792号3頁、判タ328号132頁)
「訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである。」と判示した。
本判決は,事実的因果関係の立証は、「一点の疑義も許されない自然科学的証明」ではなく「経験則に照らして全証拠を総合検討し」た歴史的事実の証明であり,証明する対象は「特定の事実が特定の結果発生を招来した関係」であることを明らかにした。
輸血梅毒感染事件第一審判決(昭和30年4月22日東京地判)は、「裁判上における証明は科学的証明とは異り、科学上の可能性がある限り、他の事情と相俟って因果関係を認めて支障はなく、その程度の立証でよい。科学(医学)上の証明は論理的必然的証明でなければならず、反証を挙げ得る限り未だ立証があったとは云へまいけれど、裁判上は歴史的事実の証明として可能性の程度で満足するの外なく従って反証が予想されるものでも立証があったと云ひ得るのである。」と判示した。
竜嵜喜助・別冊ジュリ76号183頁は、「論理的証明は『真実』そのものを目標とするに反し、歴史的証明は『真実の高度の蓋然性』をもって満足する。」と表現している。
3 松谷最高裁判決
* 松谷訴訟最高裁判決(最高裁平成10年(行ツ)第43号・平成12年7月18日第三小法廷判決。判決集民198号529号、判例時報1724号29頁、判例タイムズ1041号141頁)
「松谷最高裁判決」は,ルンバール最高裁判決の考え方が放射線起因性判断の場合も妥当するとした。
「行政処分の要件として因果関係の存在が必要とされる場合に、その拒否処分の取消訴訟において被処分者がすべき因果関係の立証の程度は、特別の定めがない限り、通常の民事訴訟における場合と異なるものではない」とし,「訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではないが、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とすると解すべきである」から、放射線起因性を規定する「法」の規定も,「放射線と負傷又は疾病ないしは治ゆ能力低下との間に通常の因果関係があることを要件として定めたものと解すべきである。」
4 「東京高裁平成30年判決」と「大阪高裁令和3年判決」
その後下級審判決が数多く出ているが,その中でも重要な判決として「東京高裁平成30年判決」と「大阪高裁令和3年判決」がある。「東京高裁平成30年判決」は,放射線起因性の判断枠組みについて次のように判示した。
* 東京高等裁判所判決(東京高裁平成27年(行コ)第421号・平成30年3月27日判決)
* 大阪高等裁判所判決(令和2年(行コ)第1号令和3年5月13日判決)
5 「東京高裁平成30年判決」の判断枠組み
次に同判決の判断枠組みに関する部分を紹介する。
⑴ 「科学的知見にも一定の限界」が存する
「原爆症認定における放射線起因性の判断については,原爆症認定の申請者において,原爆放射線に被曝したことにより,その負傷若しくは疾病又は治癒能力の低下を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明する必要があり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを要すると解すべきであること(最高裁平成150年(行ツ)第43号同12年7月18日第三小法廷判決・裁判集民事198号529頁参照),そのように解するとしても,疾病等が生じた場合に,その発症に至る過程においては,多くの要因が複合的に関連しているのが通常であり,特定の要因から当該疾病等の発症に至った機序を逐一解明することには困難が伴い,殊に,放射線が人体に影響を与える機序は,科学的にその詳細が解明されているものではなく,長年にわたる調査にもかかわらず,放射線と疾病等との関係についての知見は,統計学的,疫学的解析による有意性の確認など,限られたものにとどまっており,これらの科学的知見にも一定の限界が存することから,」
この判示部分は,ルンバール事件を引用している松谷最高裁判決を引用しているが,続けて,「放射線と疾病等との関係」については「科学的知見にも一定の限界が存する」ことを示している。
⑵ 「放射線起因性の判断基準」
「放射線起因性の判断に当たっては,当該疾病の発症等に至った医学的,病理学的機序を直接証明することを求めるのではなく,当該被爆者の放射線への被曝の程度と,統計学的,疫学的知見等に基づく申請疾病等と放射線被曝との関連性の有無及び程度とを中心的な考慮要素としつつ,これに当該疾病等の具体的症状やその症状の推移,その他の疾病に係る病歴(既往歴),当該疾病等に係る他の原因(危険因子)の有無及び程度等を総合的に考慮して,原爆放射線の被曝の事実が当該申請に係る疾病若しくは負傷又は治癒能力の低下を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性が認められるか否かを経験則に照らして判断するのが相当である」
上記⑴において示したように,「放射線と疾病等との関係」については「科学的知見にも一定の限界が存する」ので,放射線起因性の判断においては,「被曝の程度」と「統計学的,疫学的知見等」を中心的な考慮要素として総合的に判断するのが相当だとした。
⑶ 「他の疾病要因と共同関係」がある場合の判断基準
「さらに,疾病の発症においては,一般に,複数の要素が複合的に関与するものであるから,他の疾病要因と共同関係があったとしても,原爆の放射線によって当該疾病の発症が促進されたと認められる場合には,放射線の影響がなくとも当該疾病が発症していたといえるような特段の事情がなければ,放射線起因性が否定されることはなく,放射線起因性を肯定するのが相当である」とし,疾病の発症が,「複数の要素が複合的に関与するもの」であることを認め,「他の疾病要因」がある場合でも,「特段の事情がなければ」放射線起因性が肯定されるとした。
⑷ 上記⑶に対する批判に対する反論
上記⑶については,以下の様①~③の批判がある。
「①原爆放射線被曝と原爆放射線以外の疾病要因とが相互に作用し合って申請疾病を発症させ得る関係にあることを当然の前提とすることになるが,このような医学的経験則を認めることはできず,」
「②放射線被曝と疾病発生との関連性を示唆ないし肯定する疫学的知見の存在があれば,直ちに,原爆放射線被曝が,当該被爆者が現に発症した疾病の発症原因となることを前提とすることとなるが,放射線被曝は発症の「必要な原因」ではなく,放射線被曝と疾病発症との関連性を肯定する疫学的知見の存在をもって,現に疾病の発症が「促進された」と認めることはできない,」
「③「特段の事情」として,・・・立証負担を控訴人に課すことになるから,誤りであり,放射線起因性の判断に当たっては,当該申請者の放射線被曝の程度が,他のリスク要因の寄与がなくとも,当該放射線の放射能の影響のみで当該疾病を発症させる程度のものであったか否かが,まず検討されるべきである」などと主張する。
これに対して,同判決は,③については,「前示(⑵)のとおり,疾病の発症に至る過程においては,多くの要因が複合的に関連しているのが通常であり,・・・放射線被曝の程度が,他のリスク要因の寄与がなくとも当該疾病を発症させる程度のものであったことを要するとはいえない。」と反論した。
そして,①,②,③の「立証負担を控訴人に課すことになる」については,「他の疾病要因と共同関係があったとしても,原爆の放射線によって当該疾病の発症が促進されたと認められる場合には,放射線の影響がなくとも当該疾病が発症していたといえるような特段の事情がない限り,放射線起因性を肯定するのが相当であると解される。そして,この場合には,放射線起因性を立証する側において,他の原因によって当該疾病が発症した可能性がないことを高度の蓋然性をもって立証する必要があるとまではいえない。このように解したとしても,放射線被曝と疾病発生との関連性を示唆ないし肯定する疫学的知見の存在があれば,直ちに,原爆放射線被曝が被爆者に現に発症した当該疾病の発症原因となるものと認定することになるわけではないし,申請疾病が原爆放射線以外の疾病要因によって発症したものであることについての主張立証責任を控訴人に課し,又は,放射線起因性について事実上の推定が成立することを前提として,これを覆滅するための間接事実の立証負担を控訴人に課すことになるものでもない。」とした。
⑸ 判断枠組みの適用
同判決は,DS02等により算定された0.003グレイ(3ミリグレイ)という極めて微量な推定被曝線量も一応の目安とするにとどめ,「様々な形態での外部被曝及び内部被曝の可能性」を検討し,健康に影響を及ぼす程度の線量の被曝をしたのかどうかを判断した。そして被曝当時11歳という若年被曝であること,伯父も肝がんで死亡していること,等を総合して,健康影響を及ぼす程度の線量の被曝をしたものと認めた。そして飲酒・喫煙という他原因についての検討では,例示しているような「多量の喫煙及び多量の飲酒」ではあるが,放射線の影響がなくとも当該疾病が発症していたといえるような「特段の事情」とまでは認められないとし,結論として放射線起因性を肯定した。
5 「大阪高裁令和3年判決」の判断枠組み
⑴ 放射線起因性の判断枠組み
同判決は「東京高裁平成30年判決」にしたがって,次のとおり判示した。
「疾病の発症においては,一般に,複数の要素が複合的に関与するものであるから,他の疾病要因が認められたとしても,原爆の放射線によって当該疾病の発症が促進されたと認められる場合には,放射線の影響がなくても当該疾病が発症していたといえるような特段の事情がなければ,放射線起因性が否定されることはなく,放射線起因性を肯定するのが相当というべきである。」
⑵ 判断枠組みの適用
上記の判断枠組みに従って,同判決は,次のように判示して放射線起因性を認めた。
「控訴人Tは健康に影響を及ぼす程度の線量の被曝をしたと認めるのが相当であること,控訴人Tは被爆当時4歳1か月と放射線被曝による影響を受けやすい年齢であったこと,控訴人Tの申請疾病は放射線被曝との関連性が認められるとされている心筋梗塞であることからすれば,放射線被曝によって当該疾病の発症が促進されたことが認められる。控訴人Tが健康に影響を及ぼす程度の線量の被曝をしたと認められる以上,その放射線被曝が具体的・定量的に認定できないことによって,上記認定が妨げられるものではない。」(甲A748・17頁イ)。
「脂質異常症及び高血圧症については,・・・,放射線被曝との関連性を肯定する報告がいずれも複数存在していることに,放射線被曝による影響を受けやすい年齢であった控訴人Tが健康に影響を及ぼす程度の線量の被曝をしたことも考慮すれば,これらの危険因子は,放射線の影響がなくとも当該疾病が発症していたことを裏付けるものとまでいえるものではない。そうすると,これらの危険因子により放射線の影響がなくとも当該疾病が発症していたといえるような特段の事情があるとはいい難いから,控訴人Tの心筋梗塞については放射線起因性を肯定すべきである。」とした。
6 疫学的考察(次回以降の予定)
放射線起因性の判断枠組みの具体的手法は,「東京高裁平成30年判決」(上記5の⑴~⑷)でほとんど確立したと言える。本講座では,この判断枠組みについて特に重要な点について,次回以降において説明したいと思う。
以上