コラム

2023.07.31

【放射線法疫学講座】第04回≪放射線起因性を判断する際の疫学的・統計学的知見≫

弁護士 崔 信義(さいのぶよし/崔信義法律事務所)Ph.D.

□博士(法学)

□放射線取扱主任者(第1種免状,第2種免状)

□毒物劇物取扱責任者(一般)

□火薬類取扱保安責任者(甲種免状)

□エックス線作業主任者免許

□ガンマ線透過写真撮影作業主任者免許


【放射線法疫学講座】第04回≪放射線起因性判断の疫学的・統計学的知見≫

1 放射線被曝リスクの疫学的・統計学的知見

【放射線法疫学講座】第03回の5の「⑵ 「放射線起因性の判断基準」」では,「被曝の程度と,統計学的,疫学的知見等に基づく申請疾病等と放射線被曝との関連性の有無及び程度とを中心的な考慮要素」としながら放射線起因性を判断しなければならないと指摘している。この放射線起因性の判断の前提となっている統計学的・疫学知見は,LSS14報においては次のように説明されている。

https://hoshasendokufire.jp/wp-content/uploads/2023/07/rr1104 lss14報 日本語翻訳.pdf

*LSS14報とは,「放影研」が「原爆放射線の健康後影響を明らかにするために行ってきた,原爆被爆者の集団である寿命調査集団(LSSコホート)での死亡状況に関して定期的に行ってきた総合的報告の第14報である。」(同各号証の1枚目)。これによると,放射線起因性の判断の前提となっている統計学的・疫学知見として次の特徴をあげることができる。

a リスクは生涯を通して増加する

リスクの増加に関する知見について,LSS14報は以下の点を指摘している。

「重要な点は,固形がんに関する付加的な放射線リスク(すなわち,人年/Gy当たりの過剰がん症例数)は,線形の線量反応関係を示し,生涯を通して増加を続けていることである。」(同1ページ)

「原爆放射線被曝の死亡率に対する晩発的影響に関する最も重要な知見は,全生涯を通じてがん死亡のリスクの上昇である。固形がんによる過剰に死亡する率は,集団年齢が上がるのにおおむね比例して上昇を続ける。ほとんどの部位の固形がんについて放射線に関連するリスクが有意に増加している。」(同2ページ)。

この知見によると,固形がんについて全生涯を通じてがん死亡のリスクが上昇するということであるから,被爆当時はたとえ低線量の被曝だったとしても,年月を経た後のがん発症に対しては,放射線被曝のリスクの寄与の程度が相当高度になっていると考えられる。

b 被爆時年齢が若い程リスクが増加する

被爆年齢とリスクとの関係に関する知見について,LSS14報は以下の点を指摘している。

「全固形がんについて,線形モデルに基づく男女平均の1Gy当たりの過剰相対危険度は,30歳で被爆した人が70歳になった時点で0.42であった。そのリスクは,被爆時年齢が10歳若くなると約29%増加した。」 (同1ページ)。

「多くのがん発症部位における相対的リスクは子どものときに被曝した場合に高かった。」(同2ページ)。

この知見によると,リスクは子どものときの被曝で被爆時年齢が若い程相対リスクが高く,リスクが増加するということであるから,上記aの「リスクは生涯を通して増加する」という知見と併せると,子どもという若年時被曝から長年月を経た後のがん発症については,放射線被曝のリスクの寄与の程度は相当高度になっていると考えられるということである。

「東京高裁平成30年判決」は,「被控訴人Kは被曝当時11歳であり,比較的若年での被曝であり」とし,「大阪高裁令和3年判決」は,「被爆当時4歳1か月と放射線被曝による影響を受けやすい年齢であったこと」を指摘し放射線起因性を肯定する資料として指摘している。

c 閾値はゼロである

「全固形がんについて過剰相対危険度が有意となる最小推定線量範囲は0-0.2Gyであり,定型的な線量閾値解析(線量反応に関する近似直線モデル)では閾値は示されず,ゼロ線量が最良の閾値推定値であった。主要部位のがん死亡リスクは,胃,肺,肝臓,結腸,乳房,胆嚢,食道,膀胱,および卵巣で有意に増加した」(同1ページ)。

この知見によると,被爆当時はたとえ被曝線量が微量であってもゼロでない限り,若年時被曝であれば,上記a,bの知見を併せると,例えば数十年という長期間の経過後にがんが発症したような場合には,がん発症の放射線被曝によるリスクは相当高度になっている。

「東京高裁平成30年判決」は,「推定被曝線量は,全体として0.003グレイを下回る程度という極めて微量」であるけれども,「DS02等により算定される被曝線量は,飽くまでも一応の目安」に過ぎず,「様々な形態での外部被曝及び内部被曝の可能性がないかどうかを十分に検討した上で,当該被爆者の健康に影響を及ぼす程度の線量の被曝をしたのかどうかについて判断していく必要がある」と判示した。

これは,たとえ推定被曝線量が「0.003グレイを下回る程度という極めて微量」であっても,閾値がゼロであるから,長期間の経過後にがんが発症したような場合には,がん発症の放射線被曝によるリスクは相当高度になっているということを前提とした判示である。

また,「大阪高裁令和3年判決」が,「放射線被曝によって当該疾病の発症が促進されたことが認められる。控訴人Tが健康に影響を及ぼす程度の線量の被曝をしたと認められる以上,その放射線被曝が具体的・定量的に認定できないことによって,上記認定が妨げられるものではない。」と判示したのも閾値がないという前提で慎重な判断をしたものである。

2 飲酒・喫煙によるリスクと放射線被曝によるリスクの大きな違い

原爆症認定訴訟においては,原告である被爆者は通常は高齢であり飲酒・喫煙の習慣があることが多い。その場合食道がん等の固形がんが問題となっている場合には,訴訟においては通常,飲酒・喫煙が他原因として被告側から放射線起因性を否定する事実として主張される。ここで,放射線によるリスクと,飲酒・喫煙のリスクの性格の違いについて見てみる。

最も大きな違いは,飲酒・喫煙のリスクは,禁酒・禁煙すれば,リスクが減少していくのに対して,放射線被ばくの場合は,1回だけの被ばくであっても,そのリスクが減少または消滅するということはなく,生涯を通して増加するということである(上記a)。

そして,放射線被曝によるリスクは,閾値が無いので(ゼロなので)(上記c),生涯を通してリスクが増加する以上,どんなに微量の放射線被ばくであっても,長い年数を重ねることによって(被曝年齢が若年であればあるほど発症までは長年月が経過している。上記b),リスクが増加し続けて,年月の経過によって大きな値となってしまうということである。

これが,放射線によるリスクと,飲酒・喫煙のリスクの性格の違いである。

3 疫学的・統計学的知見から得られる被爆者のリスク要因に関する結論として一般的に次のようにいうことができる

通常,被爆者は若年で被爆し,仮に爆心地付近を通過したという事実を認めないような事情があっても,原告被爆者について「当該粉じんが衣類,髪などへ付着して外部被曝をした可能性や,呼吸等を通じて体内に取り込むなどして内部被曝した可能性がある」として外部及び内部被ばくを認めている場合であれば,被爆時から被爆者である原告の食道がん等の固形がんの発見まで半世紀くらいの長期にわたって,リスクは継続して増加していたということが放射線に関する疫学の知見から得られる結論である。

他方,被爆者である原告に,相当の禁酒・禁煙期間が存在している場合には,飲酒・喫煙等のリスクは相当程度減少していたと言わざるを得ない。

以上の様な疫学的・統計的知見を前提として,放射線起因性を判断することになる。

以上