コラム

2023.03.28

ワクチン接種講座第03回≪痘そう予防接種事件≫

弁護士 崔 信義(さいのぶよし/崔信義法律事務所)Ph.D.

□博士(法学)

□放射線取扱主任者(第1種免状,第2種免状)

□毒物劇物取扱責任者(一般)

□火薬類取扱保安責任者(甲種免状)

□エックス線作業主任者免許

□ガンマ線透過写真撮影作業主任者免許

□一般財団法人 日本国際飢餓対策機構(理事)

□社会福祉法人 キングスガーデン三重(評議員)


ワクチン接種講座第3回≪痘そう予防接種事件≫

1 痘そう予防接種事件

インフルエンザ予防接種事件に続いて痘そう予防接種に関する本件を扱います。

本件は、禁忌者該当性に関する事案です。

上告審:平成3年4月19日最二判(民集45巻4号367頁、判時1386号35頁、判タ758号118頁)

第一審:昭和57年10月26日札幌地裁判決(判時1060号22頁、判タ484号180頁)

控訴審:昭和61年7月31日札幌高裁判決(判時1208号49頁、判タ611号15頁)

差戻審:平成6年12月6日札幌高裁判決(判時1526号61頁、判タ893号119頁)

当事者:

X1(段、原告、被控訴人、附帯控訴人、上告人、昭和42年10月6日生)

X2(段の父、原告、被控訴人、附帯控訴人、上告人)

X3(段の母、原告、被控訴人、附帯控訴人、上告人)

Y1(国、被告、控訴人、附帯被控訴人、被上告人)

Y2(小樽市、被告、控訴人、附帯被控訴人、被上告人)

2 事案

Xらの国に対する主位的請求(その一)及び小樽市に対する請求は、昭和43年4月8日小樽市保健所において、予防接種法(以下「法」という。)に基づく痘そうの予防接種(以下「予防接種」という。)が実施された際、同保健所予防課長のX1に対する予防接種(以下「本件接種」という。)に起因して、X1が下半身麻痺による運動障害及び知能障害の後遺障害を残すに至ったが、これは、国の小樽市長に対する委任により国の公権力の行使に当たる公務員として本件接種を実施した小樽市保健所予防課長が十分な予診をしなかった過失又は同人を補助者として本件接種を実施した同保健所長が右の十分な予診を行うことができるように措置しなかった過失によって生じたものであるとして、予防接種の実施事務を小樽市長に委任した国に対しては国家賠償法1条1項の規定に基づき、同保健所予防課長及び同保健所長の給与負担者である小樽市に対しては国家賠償法3条1項の規定に基づき、X1並びにその両親であるX2及びX3がその損害の賠償を請求した事案。

3 第一審:請求一部認容

因果関係について

「本件種痘が原告段の前記各後遺症害を惹起したことにつき経験則上高度の蓋然性が存すると優に認められるというべきであるから、原告段が現在呈している運動障害及び知能障害は、その全体にわたり、本件種痘に起因するものと認めるのが相当である。」として因果関係を認め、Y1、Y2に対する請求を認容したが、その他の被告北海道、小樽市保険所長である被告藤田、本件種痘を実施した同保険所の予防課長の被告小川、痘苗の製造業者である被告東芝化学に対する請求は棄却した。

4 控訴審:Yらの敗訴部分取消,Xらの請求棄却

本件種痘と運動障害及び知能障害との間の因果関係については第一審と同様に肯定したが、X1は本件接種当日には実施規則4条の禁忌者には該当せず、予防接種に適したものであったので仮に予診に不十分な点があったとしても予防接種を行うことは正当であったから、右予診の不十分な点と本件後遺症とが結びつくことは無い。

5 上告審:原判決破棄差戻

原審は、「本件接種が同上告人の本件後遺障害を発生させたことにつき経験則上高度の蓋然性が存すると優に認められるべきであるから、同上告人が現在呈している本件後遺障害は、その全体にわたり、本件接種に起因するものと認められる。」としながら、Xらの各請求を棄却したが、原審の判断は次の理由により是認できない。

「すなわち、原審の理由とするところは、要するに、本件接種によってX1の本件被害が生じたものであるが、本件接種前のX1の症状は咽頭炎であり、遅くとも同月6日には解熱していたから、右咽頭炎は治癒していたものであり、本件接種当日である同月8日に発熱がなかったから、本件接種当時においてX1は禁忌者に該当せず、したがつて、予診に不十分な点があつたとしても、本件接種の実施は正当であったとするものである。」

「しかしながら、予防接種によって重篤な後遺障害が発生する原因としては、被接種者が禁忌者に該当していたこと又は被接種者が後遺障害を発生しやすい個人的素因を有していたことが考えられるところ、禁忌者として掲げられた事由は一般通常人がなり得る病的状態、比較的多く見られる疾患又はアレルギー体質等であり、ある個人が禁忌者に該当する可能性は右の個人的素因を有する可能性よりもはるかに大きいものというべきであるから、予防接種によって右後遺障害が発生した場合には、当該被接種者が禁忌者に該当していたことによって右後遺障害が発生した高度の蓋然性があると考えられる。したがって、予防接種によって右後遺障害が発生した場合には、禁忌者を識別するために必要とされる予診が尽くされたが禁忌者に該当すると認められる事由を発見することができなかったこと、被接種者が右個人的素因を有していたこと等の特段の事情が認められない限り、被接種者は禁忌者に該当していたと推定するのが相当である。」

「原審は必要な予診を尽くしたかどうかを審理せず、上告人段が前記個人的素因を有していたと認定するものでもない。そして、咽頭炎とは咽頭部に炎症を生じているという状態を示す症状名であって、咽頭炎が治癒したとは咽頭部の炎症が消滅したことをいうにすぎず、その原因となった疾患の治癒を示すものでもなければ、他の疾患にり患していないことを意味するものでもなく、原審が咽頭炎の治癒を認定した根拠は、要するに、上告人段の解熱の経過にすぎず、また、記録によれば、本件接種当日において同上告人に発熱がなかつたとの事実認定の基礎とされたX3の供述も検温の結果に基づくものではなく、同上告人の観察に基づく判断にすぎないのである。そうであるとすると、原審認定事実によっては、いまだX1が禁忌者に該当していなかったと断定することはできない。」

6 インフルエンザ予防接種事件判決と痘そう予防接種事件判決の関係

昭和51年のインフルエンザ予防接種事件も本件痘そう予防接種事件も、予防接種と死亡又は後遺障害との事実的因果関係の存在を認めた上での判断である。そこで、二つの判例の関係をどう理解するかが問題となる。

まずインフルエンザ予防接種事件の場合は、「適切な問診を尽さなかつたため、接種対象者の症状、疾病その他異常な身体的条件及び体質的素因を認識することができず、禁忌すべき者の識別判断を誤って予防接種を実施した場合において、予防接種の異常な副反応により接種対象者が死亡又は罹病したときには、担当医師は接種に際し右結果を予見しえたものであるのに過誤により予見しなかつたものと推定するのが相当である。」とし、「禁忌すべき者の識別判断を誤って予防接種を実施した場合」を想定しているから、接種対象者が禁忌者に該当することを前提としている。つまり、禁忌者に予防接種を施した場合の、医師の予見可能性を推定する趣旨の内容である。

ところが、痘そう予防接種事件においては、控訴審において接種対象者が禁忌者には該当しないと判断されていた事案であって、禁忌者該当性の問題である(富越和厚・判解10事件186頁)。そして、本件痘そう予防接種事件は、予防接種と後遺障害の因果関係が肯定される以上は、原則として「特段の事情が認められない限り、被接種者は禁忌者に該当していたと推定する」とした。

ところで、このような予防接種事件においては、二つの局面において被告からの反論が予想される。接種対象者が、禁忌者に該当しないという反論(痘そう予防接種事件の場合)、もう一つが、禁忌者に該当しているとしても予見可能性がないから接種担当医師には過失が認められないという反論(インフルエンザ予防接種事件の場合)である。二つの場合とも、前提として当該予防接種と死亡又は後遺症という結果との間の因果関係が認められている場合である。したがって、予防接種の場合に、生命侵害又は後遺障害等の被害が生じた場合には、因果関係を証明すれば、原告側は、実施規則上の禁忌者に該当することは痘そう予防接種事件判決において推定され、その後、担当医師の予見可能性が推定されることにより(インフルエンザ予防接種事件上告審判決)、予防接種の実施主体の過失が推定されることになる。

国又は地方公共団体としての被告側は、反論として、①「接種対象者の死亡等の副反応が現在の医学水準からして予知することのできないものであつたこと」、②「予防接種による死亡等の結果が発生した症例を医学情報上知りうるものであつたとしても、その結果発生の蓋然性が著しく低く、医学上、当該具体的結果の発生を否定的に予測するのが通常であること」、③「当該接種対象者に対する予防接種の具体的必要性と予防接種の危険性との比較衡量上接種が相当であつたこと(実施規則四条但書)」等(以上は、インフルエンザ予防接種事件上告審判決から)、④「禁忌者を識別するために必要とされる予診が尽くされたが禁忌者に該当すると認められる事由を発見することができなかったこと」、⑤「被接種者が右個人的素因を有していたこと」、⑥「等の特段の事情」を立証することにより責任を免れることになる。

本件上告審判決は、予防接種によって後遺障害が生じた場合には、特段の事情が認められない限り、被接種者の禁忌者該当性を推定するという従来の判断には見られなかった注目すべき判断を示したものであり、これは予防接種による被害者の救済を損害賠償の面において拡大することに直結するもので、今後の予防接種禍訴訟に与える影響が多大であると思われる(橋本英史「予防接種上の注意義務」山口・現代民事裁判の課題242頁)。

本件上告審の破棄判決後、差戻審では、実施規則四条の禁忌者に該当したことの推定を覆すに足りる特段の事情が認められず、担当医師の問診義務違反の過失が肯定され、痘そうの予防接種により発生した後遺障害事故について、国及小樽市の責任が認められた。

文献

中村哲「医療訴訟の実務的課題」529頁

判例評釈

富越和厚・判解10事件・曹時45巻10号85頁・ジュリ985号119頁

稲垣喬・民商105巻5号92頁

新美育文・別冊法時5号78頁

瀬川信久・判タ771号45頁

秋山義昭・ジュリ臨増1002号47頁

小幡純子・別冊ジュリ123号282頁・151号298頁

山本隆司・別冊ジュリ140号114頁

以上